高級腕時計の時計通信

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11.9.2015

IWCが起こした永久カレンダー革命 ~「ダヴィンチ」の革新性~

Komehyo

ブログ担当者:志津

 

かつて「努力すれば手が届く夢の商品」のことを“三種の神器”と言いました。1950年代なら「白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫」がそれにあたります。1960年代になると「カラーテレビ・クーラー・自動車」が新三種の神器になります。現在の私たちにとっては、「高級腕時計」もかつての三種の神器に近いような存在なのではないでしょうか。

 

しかし、「高級腕時計」と一口に言っても、ピンからキリまであります。時計で例えると、永久カレンダー・トゥールビヨン・ミニッツリピーターという機能が「三大機構」などと呼ばれ、それらの機能を搭載した時計はかなりの高額になるイメージがあります。例えば、パテックフィリップの永久カレンダー搭載の5140Rの価格は約1000万円という価格です(※1)。

 

パテックフィリップの永久カレンダー5140R

 

一般的な乗用車の価格が200万円前後というイメージがありますので、1000万という価格の腕時計は“高嶺の花”という印象になってしまいます。

 

しかし、「三大機構」のひとつに挙げられる“永久カレンダー”に関しては、金額面と生産数面で、昔よりも購入しやすい環境が生まれています

 

実は、この状況を生み出すことができたのには、あるカラクリがあります。それは、IWCによって生み出されました。今週は、IWCが永久カレンダーに革命を起こしたモデル「ダヴィンチ パーペチュアルカレンダー」について紹介させていただきます。

 

↑ダヴィンチ パーペチュアルカレンダー

 

 

 

 

 

 

■永久カレンダーとは?

 

皆さんの中には、「そもそも永久カレンダーって何?」と、疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。まずは、永久カレンダーについて説明しておきます。

 

「今日が何日かな?」ということを知りたければ、「日付」表示機能がついた時計が便利です。これはデイト機能と呼ばれます。そして、さらにその上の機能を求める方は、「今日が何月、何日、何曜日なのか」を表示して欲しいと思うでしょう。これは時計業界で言うと、「トリプルカレンダー」と呼ばれる機能です。

 

実は、機械式時計は歯車で動いていますので、「1から31まで日付を送ったら、『月』表示を次の月にする」という構造はそこまで難しいものではありません。ただ、ここで認識として持っていただきたい点は、トリプルカレンダーを含む一般的な日付表示機能は「毎月、必ず31日まで」日付を表示する点です。

 

しかし、実際の暦は「31日までの月」「30日までの月」「28日までの月」で構成されています。さらに、4年に一度「うるう年」があり「29日までの月」が登場します。歯車で動く機械式時計にそれらのパターン管理をさせることは容易ではありません。

 

そのような複雑な動作をできる時計が「永久カレンダー」です。要するに、“永久に日付修正不要な時計”という意味なのです。ただし、“永久に”は少し誇張があります。実際は、機械式時計であればゼンマイを巻かないと止まってしまいますので、止まったときは日付修正が必要になります。また、100年に一度、うるう年が省かれる年がありますので、そこでも日付修正が必要になります。

 

この複雑な機構を想像すれば、永久カレンダーが高額になるのも頷けると思います。因みに、永久カレンダーのことを横文字で「パーペチュアルカレンダー」と呼びます。

 

↑永久カレンダーの「月」、「日」、「曜日」表記

※右側の「1、2、3、4」がうるう年カウント

 

 

 

 

 

 

■複雑過ぎる機構から脱却した「ダヴィンチ パーペチュアルカレンダー」

 

ここからが本題です。冒頭でも紹介した通り、永久カレンダー機能は“三大機構”のひとつであり、高価になるイメージがあります。高価になる理由は、複雑な機構だからです。

 

しかし、1985年に登場したIWCの「ダヴィンチ パーペチュアルカレンダー」(以下、ダヴィンチ)は、永久カレンダーの“高価”“複雑”というイメージを覆すモデルです。

 

↑ダヴィンチ

 

この時計は設計の発想がユニークでした。

 

従来の一般的な永久カレンダーのムーブメントは、基本となるムーブメントがあり、それに永久カレンダー機能を組み込むために再設計をするようなイメージです。つまり、基本ムーブメントからスペースを探し出し、そのスペースを利用してなんとか機能を組み込めるように再設計しなければなりません。想像するだけで大変そうです。

 

しかし、ダヴィンチはそのような大変なことをせずに、永久カレンダーを実現しました。その方法とは、基本ムーブメントの中に永久カレンダー機構を組み込むのではなく、“永久カレンダー部分”と“基本の時計部分”を分けて設計するということです。つまり、基本ムーブメントはそのままに、その上に「永久カレンダーの単独機構を乗せる」という発想です。時計業界ではこの構造にすることを「モジュール化」と呼んでいます。イメージとしては、「基本となるムーブメントに、“永久カレンダー部分”をトッピングした」と理解していただいてもよいでしょう。

 

つまり、「複雑な機能をシンプルな構造にしたこと」が、ダヴィンチの凄さなのです。  

 

上で説明したように、ダヴィンチは「基本となるムーブメントに、“永久カレンダー部分”をトッピングした」構造をしています。そのため、基本となるムーブメントは、自由に選んで良いはずです。ダヴィンチは、その基本となるムーブメント部分に“汎用ムーブメント”を選んだのです。これにより、コストを下げることができます

 

具体的には、ダヴィンチはETA社の自動巻クロノグラフムーブメント“Cal.7750”を基本ムーブメントに採用しました。つまり、ダヴィンチは「永久カレンダー + クロノグラフ」機構となります。当時のダヴィンチはもう廃番になっていますが、1990年代中頃のイエローゴールド製で革バンドのダヴィンチは200万円台前半の価格で売られていました。参考のためにですが、同時期のパテックフィリップの“永久カレンダークロノグラフ”は1400万円ぐらいだったと記憶しております。ブランド力の差はありますが、同じ“永久カレンダークロノグラフ”という機能の時計でも、これだけの価格差が生じました。  

 

↑ETA社のクロノグラフCal.7750

※画像:ETA7750ベースのタグホイヤーCal.16

 

さらに、ダヴィンチは操作性にも秀でています。わずか83個のパーツで構成されたカレンダー機能部は、リューズ操作のみで日付合わせを可能にします。それまでの永久カレンダーは、ケース側面についたボタンをピン状のもので押すことによって日付を合わせました。操作が複雑であったそれまでの永久カレンダーの常識を覆したダヴィンチは、実用性を重視するIWCならではの時計といえます。  

 

これだけの機能を搭載しながら、ケース直径39mm(後継機種は41mm)というコンパクトなサイズで収まっており、クラシカルなデザインにまとめ上げた点はIWCの実力がいかに高いかを表しています。現在はモデルチェンジをしてトノー形の大型ケースとなっていますが、スーツスタイルやシャツに合わせるような場面では、この廃盤モデルのダヴィンチが使い易いのではないでしょうか。  

 

 

↑トノー型になったダヴィンチ

※こちらはクロノグラフ機能のみのモデル

 

※追記(2018/6/9)

ダヴィンチは2017年に新たなデザインに生まれ変わりました。トノー型ではなく、ラウンド型に戻しました。常に変わり行く時代とともにデザインを変更させる、面白いシリーズです。

 

 

 

 

 

 

■最後に

 

以前にこのブログで紹介をしたポルトギーゼマークXVのように、90年代以降も、主にETA社のムーブメントを積極的に基本ムーブメントに採用するIWC。1985年に発表したダヴィンチは、その方向性を決定付けた時計だといえます。

 

そして、ETA社の汎用ムーブメントに永久カレンダーを搭載することで、「複雑機能の実現」と「一般の消費者に購入可能」という点を両立させました

 

このモデルの登場で、他メーカーに対して差別化を図ることができたのです。今では、多くのメーカーがETA社のムーブメントをベースとして時計を作っていますが、その先駆けとなったモデルがダヴィンチではないでしょうか。その功績は大きく、その後の時計業界にも多大な影響を与えています。

 

ただし、ダヴィンチはコロンブスの卵のような、先に思いついたからできたという時計ではありません。IWCが持つ技術があったからこそ可能だった時計といえると思います。IWCのもつ高い技術は、クルト・クラウス氏という高名な技術者がIWCに在籍していることからもうかがい知れます。彼は、まさにこのダヴィンチのムーブメントを設計した技術者であり、時計業界の歴史に残るであろう重要な人物でもあるのですから。  

 

IWCの思想をその技術で表現し、永久カレンダーに革命を起こしたダヴィンチ。まさに、腕時計史に残る名作なのです!

 

※1・・・パテックフィリップ5140R(ローズゴールド素材の革バンドモデル)は、2015年9月時点で¥10,303,200 (税込)です。

 

 

 

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